1型糖尿病28年で61歳、今も現役|「寿命」で検索してしまったあなたへ

キッチンで笑顔で肉を切る店主、インスリンペンとハートのアイコンが添えられたイラスト

夜中にスマホで「1型糖尿病 寿命」と検索してしまったこと、私にもありました。33歳で発症してから28年。この記事を書いているのは、福島県で精肉店を営む61歳のおやじです。

診断されたその日、私が思ったのは実は「寿命」ではありませんでした。急激に痩せて、車の運転中に車間距離が取れないほど目もかすんでいた。それが病院で「糖尿病だな。インスリンを打つしかない」と言われて、正直「癌じゃなくてよかった」と楽観的に受け止めていたんです。今思えば、それだけ無知だったということでもあります。

その夜、シャワーを浴びていて、めまいのような立ちくらみに襲われました。あとで思えば、あれが人生で初めての低血糖でした。

いま私は、朝3時に起きて店に立ち、犬の沙希(さき)と猫の権太(ごんた)と暮らし、孫の成長を楽しみに、こうしてブログを書いています。合併症も、今のところありません。

この記事は、「1型糖尿病 寿命」で検索してしまった夜のあなたに、統計の数字と、28年生きてきた一人の当事者の実感を、両方お伝えするために書きました。

※医学的な内容は必ず主治医にご相談ください。この記事は個人の経験を中心にお伝えするものです。

目次

「1型糖尿病 寿命」で検索したあなたへ、まず伝えたいこと

私が33歳で診断された日の話

「糖尿病だな。インスリンを打つしかない」——それが病院で最初に言われた言葉でした。

診断される少し前から、体重が急激に落ちて、車の運転中に前の車との車間距離がうまく測れないほど視界がかすんでいました。今考えれば典型的な高血糖の症状ですが、当時の私には知識がまったくありませんでした。だから「糖尿病」と言われたときに真っ先に浮かんだのは、「癌じゃなくてよかった」という妙な安堵だったんです。楽観的というより、無知だった。今振り返れば、それが正直なところです。

一番怖かったのは、寿命でも合併症でもなく、自分の体に針を刺すことでした。毎日、それも一日に何回も。「これを一生続けるのか」と、そのイメージだけが頭の中を回っていました。

「寿命」という言葉は、その日にはまだ浮かびませんでした。当時、子どもがまだ小さかったんです。だから頭の中は「自分があと何年生きるか」ではなく、「この子たちをどう育てるか」でいっぱいでした。今から思えば、それが結果的に自分を前に向かせてくれたのかもしれません。

初めての低血糖は、診断当日の夜のお風呂だった

まだインターネットが普及していない時代でした。だから今のように「1型糖尿病 寿命」と検索するような選択肢もなく、その夜は普通に家に帰って、普通にシャワーを浴びていました。

そのシャワー中に、めまいのような立ちくらみが襲ってきました。壁に手をついて、しばらくじっとしていた。あとから振り返れば、あれが人生で最初の低血糖でした。診断された当日の夜に、いきなり洗礼を受けたわけです。

もし今の時代に33歳の私がいたら、その夜スマホで「1型糖尿病 寿命」と検索していたと思います。だからこそ、この記事を読んでくださっているあなたの気持ちが、少し分かる気がするんです。

診断から数年後|自分の手で育てた豚を、諦めた日

夕暮れの豚舎を見つめる男性のイラスト

実はこの記事で初めて書くのですが、私は精肉店を継ぐ前、自分の農場で豚を育てて売る「農家兼精肉店」もやっていました。先代がその豚肉をあまりに気に入りすぎて、加熱前の生の豚肉をそのまま口にしてしまったことがあるくらいです(もちろん真似しないでください)。

1型糖尿病と診断されてから数年、養豚を続けることがだんだん難しくなっていきました。朝も夜もない世話、力仕事、天候に左右される不規則な生活——どれも、血糖のコントロールとは相性が悪かったんです。低血糖を起こしたまま一人で豚舎に立つ怖さを、何度も経験しました。

悔しかったですが、養豚をやめる決断をしました。自分で育ててきた豚に代わる、納得のいく豚を探すために、何年もかけて全国の銘柄豚を試食し、少量ずつ仕入れて販売しながらお客様の反応を見ていきました。そうしてたどり着いたのが、今うちの看板になっている麓山高原豚です。

1型糖尿病は、私から養豚という仕事を奪いました。でも、その代わりに、今の「肉屋の目」で選び抜いた豚肉を届けるという仕事をくれた、とも思っています。

この記事で書くこと、書かないこと

書くこと:統計データの落ち着いた読み方、28年生きてきた実感、続けてきた習慣、家族への言葉

書かないこと:具体的な治療法の指示、他の当事者の寿命の予測、不安を煽る話

医学的なことは主治医にお任せします。私が書けるのは、28年分の一次情報だけです。

統計が示す事実を、落ち着いて見てみる

コンパスと地図、統計データのイラスト

不安なときこそ、数字は敵ではなく味方になります。ここでは「1型糖尿病 寿命」で検索したときによく出てくる数字を、落ち着いて整理します。

「一般の方より10〜12年短い」というデータの読み方

現時点で最もよく引用される統計は、以下のとおりです。

2025年に発表された系統的レビュー・メタ分析によると、1型糖尿病患者の平均寿命は男性で約65歳、女性で約68歳。非糖尿病者と比べて男性で約11年、女性で約11年短いとされています(CareNet Academia)。

2015年のスコットランド・ダンディー大学の調査でも、20代前半の1型糖尿病患者は健康な人と比べて男性で11.1年、女性で12.9年、平均余命が短いと報告されています(再生医療オンライン)。

日本国内では1型糖尿病だけを対象にした寿命統計はまだありませんが、糖尿病全体では一般の方より男性で約7年、女性で約10年短いというデータがあります(メディカルドック)。

数字だけ見ると、確かにショックを受けます。私も初めて知ったときは、静かに息を止めました。

でも、この数字には大事な注意書きがあります。「平均」であって、「あなた個人の予測」ではない、ということです。同じ1型糖尿病でも、20歳男性の予測残存寿命は最良と最悪で20年以上の差があるという研究もあります(Diabetologia誌に発表されたスウェーデンの研究)。血糖コントロール、腎機能、体重、喫煙の有無で、大きく変わる。

つまり、統計は「宣告」ではなく、「気をつけるべき方向を教えてくれる地図」です。

40年で寿命は大きく延びている

もう一つ、絶対に見ておいてほしい事実があります。

1型糖尿病の寿命は、この40年で劇的に延びている、ということです。

1975年の米国の調査では、1型糖尿病患者の寿命は健常者よりも27年短いとされていました(再生医療オンライン)。

それが2015年の同種調査では、男性で11.1年、女性で12.9年短いところまで縮まっています(おかもと内科・糖尿病クリニック)。

日本糖尿病学会の10年ごとの調査でも、日本人の平均寿命との差は世代を追うごとに縮まっています(シンクヘルス株式会社)。

40年で、健常者との差が15年以上縮まった。これは、インスリン療法・血糖測定技術・合併症治療が進み続けた結果です。

私が発症したのは1990年代。当時の27年短縮のデータの世代と、今の11〜12年短縮のデータの世代の、ちょうど間の時代です。そして今、CGMやインスリンポンプが普及し、これから発症する方の世代は、私の世代よりさらに条件が良くなります。

日本のような医療水準の高い国では、改善が続いている

世界的な調査でも、明るい傾向は続いています。

中国医科大学などが200以上の国と地域のデータを分析した研究では、世界で1型糖尿病とともに生きる65歳以上の人の数は、1990年の130万人から2019年には370万人に、ほぼ3倍に増加しました(糖尿病ネットワーク)。

死亡率も、1990年の10万人あたり4.7人から、2019年には3.5人に25%減少しています(糖尿病ネットワーク)。

特に、日本・北米・西ヨーロッパ・オーストラリアなど医療水準の高い国では、寿命延伸が顕著とされています。

私は福島県の小さな精肉店の店主で、決して医療にアクセスしやすい大都市に住んでいるわけではありません。それでも、3ヶ月に1回の血液検査と、地域の主治医との関係だけで、28年やってこられました。日本という国で1型糖尿病と付き合っていけるのは、こういう医療環境のおかげでもあります。

数字を「宣告」ではなく「地図」として使う

統計章のまとめとして、伝えたいことは一つです。

「10〜12年短い」という数字は、あなたの未来を決める宣告ではありません。

その数字は、こう読み替えられます。「血糖・血圧・腎機能・体重・禁煙——この5つを整えていけば、その差はもっと小さくできる」。実際にスウェーデンの研究では、危険因子を改善するだけで予測残存寿命が10年以上変わることが示されています(Diabetologia誌)。

数字は怖いものではなく、方向を教えてくれる地図です。次の章では、その地図をどう歩いてきたか、私自身の28年の実感をお話しします。

数字より、私が28年生きてきて実感していること

5年目|「知られたくない」という気持ちがあった

発症5年目、私はまだ30代後半でした。この頃の気持ちを正直に書きます。

「1型糖尿病であることを、まわりに知られたくない」——そういう気持ちが、確かにありました。

理由をはっきり説明できるわけではありません。ただ、精肉店という接客業をやっていて、お客様の前で注射のことや低血糖のことを話す場面を想像すると、なんとなく気が引ける。同業者や近所の人にも、進んで話す気にはなれなかった。今の時代なら「合理的配慮」という言葉もありますが、当時はそんな空気ではなかったし、自分の中の抵抗感のほうが大きかったように思います。

同じ気持ちの方は、たぶんたくさんいらっしゃると思います。だから伝えたいのは、無理に周囲へカミングアウトしなくていい、ということです。ただ、家族と、いざというときに助けてくれる一人か二人には、必ず伝えておく。それだけで十分だと、今なら思います。

10年目|「これでやっていける」とは、実は思わなかった

節目の話をブログで書くと、「10年目で吹っ切れました」「20年目で自信がつきました」という書き方をしがちです。でも、私の場合は正直に言うと、そんなふうに区切って何かを掴んだ実感はありませんでした。

40代に入っても、血糖の管理はずっと手探りでした。「これでやっていける」と胸を張れるような瞬間はなかった。ただ、毎日の測定と注射と食事を、淡々と続けていた。それだけです。

もし今、5年目・10年目で「まだ何も掴めていない」と感じている方がいたら、大丈夫です。掴めた実感がなくても、続けていれば時間は積み上がります。私がそうでした。

40代前半|タバコをやめて、急激に太った

40代前半で、それまで吸っていたタバコをやめました。健康のためです。

ただ、やめた後に急激に体重が増えました。これは私にとって、想定外の変化でした。禁煙自体は正しい選択だったと今も思っています。でも、体重増加はインスリンの必要量にも影響しますし、生活習慣を一つ変えると、思わぬところに波及するということを身をもって知りました。

同じように禁煙を検討している方がいたら、体重管理をセットで考えておくことをおすすめします。私は、そこまで気が回りませんでした。

60歳を超えた今|体の柔軟性がない

60歳を超えて感じるのは、シンプルに「体が固くなった」ということです。

若い頃のようには曲がらない、伸びない。精肉店の仕事は立ち仕事で、屈んだり重い肉箱を運んだりする作業も多いので、柔軟性のなさは仕事にも直結します。血糖の管理とは別軸ですが、加齢と1型糖尿病の管理は、両方セットで考えなければいけない年齢になってきたと感じています。

若い頃に「合併症さえ防げばいい」と思っていた自分に、今なら「体そのものの衰えにも備えておけ」と言いたい。60代の1型糖尿病患者として書ける実感の一つです。

一番難しいのは、今も変わらず「毎日」

「28年もやっていれば、慣れて楽になるでしょう」と言われることがあります。

答えは、ノーです。

一番管理が難しかった時期はいつですか、と聞かれたら、私は「ずっと難しいし、今でも難しい」と答えます。血糖は毎日違います。同じものを食べても、同じ量のインスリンを打っても、体調・気温・ストレス・運動量で数字は動く。28年経った今でも、思ったとおりにはいきません。

だから慣れることを目指さなくていい。毎日新しい問題として、淡々と付き合っていく。それが正解だと思っています。

「28年もった」と感じたのは、実はこの記事を書いた今日だった

これは正直な告白です。

「発症から28年経った」という事実は、頭では分かっていました。でも、それを「もった」と実感したことは、実はこれまで一度もありませんでした。

この記事を書くために、診断された日のことを思い出して、5年目・10年目・20年目を振り返って、初めて「あ、自分は28年もったんだな」と感じました。

節目節目で立ち止まって振り返るタイプではなかったんです。走り続けてきただけ。だから、こうして文章に残す作業は、自分にとっても意味のあることだったんだと、今日初めて気づきました。

もし読んでくださっているあなたが、今まだ発症数年目で先が見えないと感じていても——大丈夫です。振り返る余裕がないくらい日々を積み重ねていれば、いつか誰かに何かを書くタイミングで、「ああ、自分はここまで来たんだ」と気づく日が来ます。

合併症を遠ざけるために続けてきた3つの習慣

インスリンペン・血糖測定器・チェックリストのイラスト

28年、大きな失敗なくやってこられた背景には、特別なことは何一つありません。ただ、当たり前のことを止めなかった。それだけです。ここでは、今も毎日続けている3つの習慣をお話しします。

習慣①|血糖測定とインスリンと飲み薬、この3点は絶対に外さない

「これだけは絶対にやめない」と決めているのは、血糖測定・インスリン注射・食前の飲み薬、この3つです。

血糖測定は1日4回。朝食前・昼食前・夕食前・就寝前のタイミングで測っています。使っているのはグルテストNeoスーパー(三和化学研究所)という測定器です。CGMのように連続測定するタイプではなく、指先穿刺の従来型ですが、私にとってはこれが一番手に馴染んでいます。

注射も同じ4回のタイミング。血糖測定と注射がセットになっているので、忘れることはほぼありません。食前の飲み薬も同じタイミングで飲みます。

「28年やっていれば忘れることもあるでしょう」と聞かれることがありますが、これは仕事と同じで、決まった時間にやると決めてしまえば、迷いも面倒くささもなくなります。むしろ、測定と注射のリズムが、1日の骨格を作ってくれている面もあるくらいです。

習慣②|3ヶ月に1回の血液検査を、ずっと続けている

3ヶ月に1回、定期的に血液検査を受けています。これは診断されてからずっと続けている習慣です。

HbA1cの推移、腎機能、その他の数値を主治医と一緒に確認する。この3ヶ月に1回の場が、自分の管理を客観的に見直せる唯一のタイミングだと思っています。

日々の血糖測定は「今の数字」を見るためのもの。3ヶ月に1回の血液検査は「過去3ヶ月の平均」を見るためのもの。この二つを両方持っておくと、毎日の小さな数字に一喜一憂しすぎずに済みます。

読者の方の中には、忙しくて通院を先延ばしにしがちな方もいらっしゃると思います。でも、3ヶ月に1回は自分との約束として、必ずカレンダーに入れておく。これだけで、10年後・20年後の自分の体はずいぶん変わってくるはずです。

習慣③|主治医には「今日も怒られるな」と思いながら通う

これは、真面目な医療情報サイトには絶対に書かれていない、私の本音です。

3ヶ月に1回の診察日、正直に言うと、「今日も怒られるな」と思いながら病院に向かうことが、けっこうあります。血糖のコントロールがうまくいっていない時期もありましたし、HbA1cの数字を見せるのが気が重い日もある。

でも、大事にしているのは、そのあとに「へこたれないでいよう」と思うことです。

怒られてもいい。数字が悪くてもいい。ただ、そこで通院を止めない。次の3ヶ月でまた頑張ればいい。それだけ思って、また店に戻ってきます。

主治医との関係は、「褒められに行く場所」ではなく、「怒られても戻ってくる場所」だと思っています。この開き直りに近い気持ちが、28年間、通院を止めなかった一番の理由かもしれません。

「やめても平気だった」ものは、たった一つ|タバコ

逆に、生活習慣の中で「やめても平気だった」ものが一つだけあります。

タバコです。40代前半でやめました。

正直、やめる前は「一生やめられないだろう」と思っていました。でも、やめてしまえば、案外どうにかなるものです。ただ前の章にも書いたように、急激に体重が増えたのは想定外でした。ここは、これから禁煙する方に伝えておきたいところです。

タバコは1型糖尿病と組み合わさると、合併症リスクを大きく上げると言われています(糖尿病ネットワークの解説)。もし今も吸っている方がいたら、体重管理のことも含めて、主治医と相談しながら少しずつでも減らしていく価値はあると思います。

大きな失敗は、幸い今のところない

「28年もやってきたら、DKA(糖尿病性ケトアシドーシス)や重度低血糖で救急搬送された経験もあるのでは」と思われるかもしれません。

幸い、今のところそういう大きな失敗はありません。

これは自慢したいのではありません。むしろ、毎日の測定と注射と飲み薬を、淡々と続けてきた「だけ」の結果だと思っています。派手なことは何もしていない。ただ止めなかった。それだけです。

だから読者の方にも伝えたいのは、特別な方法を探すより、当たり前のことを止めない仕組みを作るほうが、結果的に長く続くということです。

章のまとめ|3つの習慣を表にしておきます

習慣具体的な内容頻度
①血糖測定・インスリン・飲み薬朝食前・昼食前・夕食前・就寝前の4回毎日
②血液検査HbA1cと腎機能などを主治医と確認3ヶ月に1回
③通院を止めない気持ち「怒られてもへこたれない」で戻ってくる通院のたび

家族と一緒に読んでほしい章

妻には、携帯電話で伝えた

診断されたことを妻にどう伝えたか。今でもはっきり覚えています。

携帯電話でした。

病院を出て、車に戻る前だったか、車の中だったか。「1型糖尿病だった」と、それだけ伝えた気がします。対面で座って話したわけでも、家に帰ってから改まって話したわけでもない。あの日、私自身がまだ状況を飲み込めていなかったので、「まず伝える」ということだけで精一杯だったんだと思います。

これから家族に伝える方に、正しい伝え方があるとは言いません。ただ、「うまく伝えなきゃ」と思いすぎなくていい、ということは伝えたいです。私は携帯で一言でした。それでもここまで28年、家族と一緒にやってこられました。

妻がやってくれている、食事管理という土台

「28年で家族が何をしてくれて助かったか」と聞かれたら、迷わず一つ挙げます。

妻の食事管理です。

1型糖尿病の食事は、極端な制限が必要なわけではありません。ただ、同じ時間に、同じくらいの炭水化物量で、バランスよく食べられることが、血糖の安定に直結します。これを毎日、しかも28年間、妻がずっと支えてくれています。

朝3時に起きる私に合わせた早朝の朝食。仕事で疲れて帰った日の夕食。繁忙期でも崩れないリズム。「同じものを、同じ時間に食べられる」というのが、実はどれだけ強力な管理習慣か、これは自分では最初なかなか気づけないことです。

もしご家族が発症されたご本人を支える立場でこの記事を読んでくださっているなら、伝えたいことがあります。特別なことは何もしなくていい。ただ、食事の時間とバランスを一定に保つ、それだけで、本人にとっては大きな支えになります。

家族に負担をかけたのは、「仕事と趣味以外、何もやらない」ところ

正直に書きます。妻や家族に負担をかけたと感じることは、あります。

一番は、仕事と趣味以外、あまり何もやらないところです。

精肉店の仕事は朝3時起きで体力を使います。それに加えて、ブログを書いたり、ペットの世話をしたり、自分の趣味の時間もある。だけど、その分、家のことは妻に任せきりになっている面が、確かにあります。

1型糖尿病だから、というわけではないかもしれません。でも、体力の配分を「仕事」と「自分の管理」で使い切ってしまう傾向は、慢性疾患を抱えている人には多少あるように思います。だから同じ立場の方に伝えたいのは、家族に任せている部分に、意識的に気づくこと。それだけでも、家族の受け止め方は変わると思います。

子どもや孫には、「しっかり食事を取らないとこうなる」と伝えている

子どもや孫に、1型糖尿病のことをどう話しているか。

私は難しい医学の話はしません。「しっかり食事を取らないと、こういうふうに注射を打たなきゃいけなくなるんだよ」——だいたい、そう伝えています。

これは医学的に正確な説明ではありません。1型糖尿病は生活習慣が原因ではなく、自己免疫の病気です(シンクヘルスの解説)。だから「食生活が悪いとなる病気」ではない。それは私も分かっています。

でも、孫に伝えたいのはそこではないんです。「食事を大切にすること」「毎日の積み重ねが体を作ること」——これを、注射を打つ祖父の姿から感じ取ってくれればいい。そう思っています。

正確な医学の話は、いつか本人が知りたくなったときに、主治医から聞けばいい。今は、日々の食卓の大切さが伝われば十分だと思っています。

秋田犬の沙希と、猫の権太|癒しという、もう一つの家族

家族の話は、人間だけでは終わりません。

秋田犬の沙希(さき)と、猫の権太(ごんた)。この2匹は、私にとって「癒し」そのものです。

血糖の管理という点で、直接的に何かをしてくれるわけではありません。犬が低血糖を察知して知らせてくれる、というような特別な訓練を受けているわけでもない。ただ、そこにいてくれる、それだけで十分なんです。

朝3時に起きて店に立つ生活は、正直、心が疲れる日もあります。血糖が思うようにコントロールできない日もある。そんなときに、家に帰れば沙希が尻尾を振って迎えてくれて、権太がのそっと膝に乗ってくる。それだけで、翌日また店に立とうと思える。

1型糖尿病と28年付き合ってきて感じるのは、「管理を続ける力」は、意外と数字や医療の外側から来る、ということです。家族の存在、ペットの存在、店に来てくれるお客様の顔。そういうものが積み重なって、明日また測定して注射する自分を作ってくれる。

もし今、一人で不安を抱えている方がいたら——人間の家族でなくてもいい、犬でも猫でも、あるいは大切に育てている植物でもいい。自分の外側に、明日を続けたくなる理由を一つ持っておくこと。これは、28年生きてきて確信していることの一つです。

今日から意識できる5つのこと

長い記事を読んでくださって、ありがとうございます。ここまでの内容を、今夜から明日にかけて実行できる形に整理しておきます。

①数字を怖がらず、記録として残す

血糖値もHbA1cも、良い日と悪い日があって当然です。悪い数字を見たときに「終わりだ」と思うのではなく、「今週はこういう傾向だった」と記録として残す。それだけで、数字は敵から味方に変わります。

紙のノートでも、スマホのメモでも、記録アプリでも、何でも構いません。続けられる形で残すことが大事です。

②主治医との対話を「相談」に変える

診察を「怒られる場」だと感じている方は、たぶん少なくありません。私自身、今でも「今日も怒られるな」と思いながら病院に行っています。

でも、伝え方を少し変えるだけで、対話は「相談」になります。「先週、こういうことがあって、こう対応したんですが、これで合っていましたか」——このひと言を最初に置くだけで、主治医との会話は変わります。

③補食とインスリンを「切らさない仕組み」にする

低血糖用のブドウ糖、インスリンの予備、注射針の予備——これらを「なくなってから買う」から「一定量を切ったら買う」に変える。それだけで、いざというときの不安が消えます(糖尿病Q&A1000)。

私は、家・店・車の3か所にブドウ糖を分散して置いています。1か所に集めるより、こちらのほうが結果的に安心です。

④一人で抱えず、周囲に一言だけ共有する

全員にカミングアウトする必要はありません。ただ、家族と、いざというときに助けてくれる一人か二人には、必ず伝えておく。低血糖のときに何をすればいいか、ブドウ糖はどこにあるか、それだけで十分です(いんざい糖尿病・甲状腺クリニック)。

「知られたくない」という気持ちは自然な感情です。でも、命に関わる一線だけは、身近な人と共有しておいてください。

⑤未来を「10年単位」で見る癖をつける

血糖値は毎日変動します。HbA1cも3ヶ月ごとに動きます。でも、本当に大事なのは10年単位の傾向です。

「10年前の自分と比べて、今の管理はどうか」——この時間軸で見ると、日々の一喜一憂は小さな波にしか見えなくなります。1型糖尿病は、短距離走ではなく長距離走です。10年単位の視点を持てば、今夜の血糖値ひとつで気持ちが崩れることはなくなります。

よくある質問

Q. 1型糖尿病でも長生きできますか?

A. できます。統計上は非糖尿病者より10〜12年短いというデータがありますが、これは40年前より15年以上改善した数字であり、これからも改善は続いていくと考えられています(再生医療オンライン、糖尿病ネットワーク)。血糖・血圧・腎機能・体重・禁煙——この5つを整えていけば、寿命差は個人の努力でさらに縮められることが研究で示されています(Diabetologia誌)。

Q. 発症年齢が早いほど寿命は短いのですか?

A. 統計的にはその傾向があります。10歳前に発症した場合の平均余命短縮は、26〜30歳で発症した場合より大きいという研究があります(台湾の医療メディア「Heho健康」による報道)。ただし、これはあくまで統計であり、個人の管理次第で大きく変わります。私は33歳発症、現在61歳で、合併症は今のところありません。

Q. 合併症が出てからでは遅いですか?

A. 遅くありません。合併症は「見つかった時点」ではなく「その後どう管理するか」で進行度が大きく変わります(神戸きしだクリニック)。定期検査で早く見つけて、その後の管理を丁寧にすることが最も重要です。

Q. インスリンポンプやCGMは寿命に影響しますか?

A. 直接的な寿命統計はまだ十分に出そろっていませんが、CGMやインスリンポンプによって血糖の安定性(TIR:Time in Range)が改善することは複数の研究で示されており、これが合併症予防を通じて健康寿命を延ばすと考えられています(神戸きしだクリニック)。私自身は指先穿刺型の測定器を使い続けていますが、これから発症する若い世代の方には、CGMは有力な選択肢だと思います。

Q. 1型糖尿病だと、できないことは何ですか?

A. 私が28年で「これはできなかった」と実感しているのは、骨髄バンクへの登録と、献血です。誰かの役に立ちたいと思っても、この2つはインスリン治療をしている限りできません。だからせめて、こうしてブログで経験を残すことで、間接的に誰かの役に立てればと思っています。日常生活・仕事・家族との暮らしについては、ほとんど制約なくやってこられました。

さいごに|28年目の私から、今夜のあなたへ

夕暮れの精肉店で肉を捌く店主と外で待つ秋田犬のイラスト

診断直後の自分に、今なら何と言うか

もし33歳の自分の前に、61歳の私が現れて何か言えるとしたら——たぶん一言、「無知だったな」と言うと思います。

責めているわけではありません。あの頃の自分は、本当に知らなかった。低血糖のことも、合併症のことも、インスリンの調整の仕方も、何ひとつ分かっていませんでした。だから怖かったし、だから楽観的にもなれた。

でも28年経って思うのは、「知らないままでは損をする」ということです。数字も、症状も、対処法も、少しずつでいいから知っていくこと。それが、自分と家族を守ることにつながる。診断直後の自分に伝えたいのは、それだけです。

「寿命」で検索してしまったあなたへ

一つだけ、伝えたいことがあります。

「あと何年生きられるか」より、「今をどう生きるか」を考えたほうがいい、ということです。

私も統計は知っています。健康寿命から逆算すれば、そろそろ何かしらの病気が出てくる年齢だとも思います。それでも、うまく付き合っていくしかない。それが28年やってきた実感です。

未来の数字を怖がって今日を暗くするより、今日を丁寧に生きたほうが、結果的に未来も明るくなる。少なくとも私は、そう信じてやってきました。

統計の「10〜12年短い」という数字を、どう受け止めているか

私の受け止め方は、こうです。「そろそろ何か出てくるかもしれない。だから、うまく付き合っていくしかない」。

怖がりすぎず、油断もしすぎず。合併症の検査は受ける。血糖は測る。無理はしない。それだけです。数字を「宣告」として受け取るのではなく、「気をつけるきっかけ」として使う。そう考えると、少し肩の力が抜けます。

28年で、失わずに済んだもの

前向きに生きること——これが、失わずに済んだ一番のものです。

診断された日、確かに怖かった。でも子どもがいたから、店があったから、下を向いている暇がなかった。それが結果的に、私を前に向かせてくれました。今も、朝3時に起きて店に立ち、犬と猫がいて、孫の成長を楽しみにしています。

前向きさは、性格ではなく習慣だと思います。日々の小さな選択の積み重ねで、保っていけるものだと。

失ったもの、諦めたこと

正直に書きます。1型糖尿病になって、骨髄バンクに登録できないこと、そして献血ができないこと——これは、諦めなければならなかったことです。

誰かの役に立ちたいと思っても、この2つはどうしてもできません。だからせめて、こうしてブログを書いて、同じ病気の人の役に少しでも立てればと思っています。血液は提供できないけれど、経験なら提供できる。今はそう考えています。

いま、一番楽しみにしていること

孫の成長と、このブログを書くことです。

ブログは、自分の歴史を残す作業でもあります。「歴史」なんて言うとちょっと大袈裟ですけれど、精肉店を継いだこと、1型糖尿病と28年付き合ってきたこと、家族やお店に来てくれるお客様との時間——それらを言葉にしておきたい。そして、私が持っている「肉屋」と「1型糖尿病」という2つの経験が、読んでくださる方に少しでも役立つなら、それが今の一番の張り合いです。

だからこの記事を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。今夜は、少しでも安心して眠れますように。

関連記事

参考文献

  1. 1型・2型糖尿病患者の平均寿命、非糖尿病者と比較し大幅に短縮 – CareNet Academia
  2. 糖尿病患者の寿命とインスリンとの関係 – 再生医療オンライン
  3. 1型糖尿病の寿命はどのくらい? – メディカルドック
  4. 1型糖尿病の原因や2型との違い – おかもと内科・糖尿病クリニック
  5. 1型糖尿病は長生きできる?平均寿命のデータと健康 – 神戸きしだクリニック
  6. 1型糖尿病の人の寿命は延びている – 糖尿病ネットワーク
  7. インスリン注射は一生必要? – いんざい糖尿病・甲状腺クリニック
  8. 1型糖尿病とは – シンクヘルス株式会社
  9. 用意すべき所持品 – 糖尿病Q&A1000(糖尿病ネットワーク)
  10. Development of a life expectancy table for individuals with type 1 diabetes – Diabetologia誌(Tran-Duy et al., 2021、スウェーデン国立糖尿病レジストリ)
  11. 発症年齢と寿命短縮に関する報道 – Heho健康(台湾の医療メディア、Rawshani et al.の研究を引用)
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